4th November 2005
前書き | |||
駒組み | |||
I-1. ▲3六歩に△4五歩 | I-2. ▲3六歩に△4五歩としない | II. ▲2六飛型 | |
端逆襲作戦 | 固め合い | △3二飛 | 3枚穴熊 |
まとめ |
端歩位取り穴熊と言うのは四間飛車穴熊の一種である。藤井システムが現れ、振り飛車が序盤早々から端歩を突き越すようになったことから生まれた、まだ新しい戦法だ。
元来、相穴熊において玉側の端は「突かれたら受けておく」ものだった。突きこされると相手に端攻めの権利が渡る。よって、打診されたら受ける。当然の処置だ。この打診はお互い『穴熊に潜ったあと』に行うものだった。
しかしこの端歩位取り穴熊は、穴熊の態度を見せる前に△9四歩と打診する。具体的に言えば、△9二香と上がる前に突く。藤井システムのように居玉ででも、極端なことを言えば飛車を振る前にでもよい。
居飛車穴熊志向の先手は(基本的に)受けない。受けることによって穴熊に潜るのが確実に一手遅れるからだ。振り飛車も穴熊にすればよいが、美濃囲いで動いてくる作戦を採られると立ち遅れてしまう可能性が生まれる。
よって振り飛車は△9五歩と突きこす。そして、おもむろに△9二香と相穴を目指すのだ。
序盤のやり取りで得た端の位は、中終盤の端攻めの権利だ。大雑把に飛車交換となれば、飛車を打ち合って桂香取ったときに、端攻めがあって有利、と言うわけである。
この端歩位取り穴熊は杉本昌隆六段草案(棋書も出している)と言われ、A級振り飛車党の中では鈴木大介八段が多く採用している。前期のNHK杯で橋本崇載五段(通称ハッシー)が3回戦進出の原動力としたのもこの端歩位取り穴熊で、若手の間では流行っているようだ。
基本1図 |
初手から
端歩のタイミングはいろいろある。△8二玉としてからでもよい。 ▲5八金右の是非は難しいが、個人的には端位取り穴熊に対しては3枚穴熊にしても利点がないと思う。作戦の幅を狭める意味のほうが大きいと思っている。 |
基本2図 |
基本1図から 居飛車の▲9八香を見て振り飛車が△5四銀と出るのは四間飛車穴熊と同じ。四間飛車穴熊と違い△9二香と上がっていない点は、居飛車の対応によっては美濃囲いで戦うことも出来るメリットも備えている。
△5四銀に対する居飛車の考えられる手は、四間飛車穴熊のときと同じ。 |
しかし、▲7八金は四間飛車穴熊のときと同じように千日手があるため論外となる。
▲5五歩は四間飛車穴熊と同じように進むと仮定すると、居飛車だけ▲9八香と上がっているのが不満。 ▲6六銀に対しては振り飛車が美濃囲いで対抗することが多く、速い流れになる。その選択をさせるぶんだけ損だと思われているのか、圧倒的に▲6六歩が多い。▲6六銀は定跡と言えるほど実戦例も多くないので割愛する。 ここでは▲6六歩に絞って解説したい。 | |
A1図 |
基本2図から
多少局面が違っても構わない(▲7九金や▲7八金と指してからでもよい)が、最終手の▲3六歩がこの戦型のポイント。▲3六歩は次に▲3八飛と言う自然な攻めがある。(▲3六歩と突かない形もある) |
I . ▲3六歩型 以上の形を考えてみる。 |
1). △4五歩と突く
▲3六歩には、次に▲3五歩や▲3八飛と言う角頭狙いがある。
△4五歩と突けば、▲3八飛には△4四角と上がって簡単に受けることが出来る。飛車先が伸びて角道も通るので一見気持ちのいい手でもある。
ところが、△4五歩には欠点がある。
歩は後ろに下がれないので、居飛車が▲6五歩と突けば角交換が絶対となってしまうのだ。
3三の角がいなくなれば居飛車には▲2四歩がある。居飛車はそれを含みに戦いを作っていく。
a. 端逆襲作戦
この作戦は、序盤の△9五歩をメリットどころかデメリットにしてしまおうという作戦だ。
初出は名著『島ノート 振り飛車編』。
そして54期王将戦第4局▲羽生△森内で現実となった。その棋譜を追ってみる。
1図 |
注 森内はA1図までの手順中に一度△5二金左としたため、A1図の手順△4二金で定跡手順と比べて一手損した。△5二金左としないでこの手順を進むと、1図では△7一金の一手が入っている。あとで7二にあがるのでこれも手損だが。
A1図で△7一金→△6一金、△4一金→△5二金とし、 |
手順は異なるが、1図で同型となる。
△4五歩と角道が開いた瞬間いきなり▲6五歩と角交換を迫る。ここは穴熊を乱せるため、振り飛車から角を換える。角を換えないで△2二飛なら、居飛車は▲6六銀から盛り上がっていいと思う。
△7七角成を▲同桂と取るのはいわゆる「パンツを脱いだ穴熊」であり好ましい形ではないが、実はこの桂馬がこの後の構想に必要。そして▲6六角に△3三角と合わせられても交換してまた▲6六角と打つ。やむない△4二金に、▲5五歩~▲5六銀と中央を厚くして1図となる。
1図から
▲8六歩~▲8七銀で狙いがなんとなくわかってくる。要するに、取られた位に反発する▲9六歩が狙いだ。 |
2図 |
森内は2図で△5八歩と垂らしたのだがこれが大問題で、わざわざ「飛車を9九に持ってきてください」と言っていることになってしまった。羽生は▲5八同飛~▲8八玉~▲5九飛~▲9九飛と転回、そのまま▲9六歩から端攻めで潰した。2日制の王将戦が異例の2日目昼食前投了となったのはこの将棋である。
羽生の狙いが始めから飛車を9九に転回することにあったかどうかは、感想戦も聞いてないし雑誌も見なかったのでわからない。▲8八玉としてただ▲9六歩と言うのが普通だと思う。
この将棋ではあんまりである。
なので元となった『島ノート』の構想を紹介する。
3図 |
A1図から |
手の意味は一緒だが、▲7九金型を採っているのがポイント。
▲9六歩△同歩に、部分的定跡なら▲同銀だが▲同香。これは△9三歩に▲9八飛と回るための▲同香で、3図以下は▲8五桂から9筋と7筋を攻め付けると言う具合である。
3図で△8四角は▲同角△同歩にまた▲6六角。△8三銀なら▲8五歩と言う具合だ。
端歩位取り穴熊本家の杉本はこの手順に感服し、自書でも『振り飛車はこの順を避けなければいけない』と書いている。つまり▲3六歩に対して△4五歩を突くと相当苦しいと言うことだ。
2). △4五歩と突かない
振り飛車が△4五歩を突くと、居飛車側に端逆襲の必殺技が生じる。端を逆襲され潰されてしまっては序盤の端歩位取りがメリットどころかデメリットになってしまう。
したがって、▲3六歩に△4五歩と突かない順を考えることになる。
では、△4五歩の代わりに何を指すか。ここでは△5二金と囲いに手を入れる手と、△3二飛と寄る手を見てみる。
a. 玉を固める△5二金
△4五歩が突けないのなら玉を固めておくというのは自然な発想だ。
これに対して居飛車は▲3八飛と寄って攻撃を見せるか、同じく玉を固めるかに分かれる。
※ ▲3八飛と寄る順は△4五歩の代わりに△3二飛とした順と似るのでそちらで解説する。
1図 |
A1図から
1図は、将棋を知らない人にも注目された前期NHK杯3回戦▲羽生△橋本崇載四段(当時)戦と同形。▲6八角と角道がずれたので△4五歩と突いたところである。 |
実戦はここから▲2四歩△同歩▲3五歩△同歩▲同角と進展。
普通この順は△3二飛なのだが、▲3四歩△5一角▲2四角△2二飛▲2五歩で困る。この変化は△5一角に紐がついていないとうまくない。
1図から
上記の理由があるため橋本は△4四角とぶつけ、2図に至った。 |
2図 |
とは言え居飛車がやれる変化である。また居飛車には▲8六角などの選択肢もあり、固めあう順は悪くはならないと思う。
b. 積極的な△3二飛
△4五歩に代わる振り飛車の手は△3二飛が有力と考えられている。△4五歩はその手自体は気持ちいいが、端逆襲を食らって潰されてしまっては何の意味もない。
△3二飛は「既に『端の位』と言う貯金があるのだから、左翼では欲張らず、互角くらいで切り抜けられれば十分よ」と言う判断である。
1図 |
A1図から
△3二飛に対し、居飛車は▲3八飛と寄る。 あくまで飛車を寄らず、△5一角と引かせて▲6五歩を狙うという順もありそうだが割愛。 |
(1) 仕掛ける
1図から
仕掛けるのなら▲7九金としたほうがいいと思う。 ▲5五歩に△同銀は、▲3五歩△同歩▲同飛△4五歩▲6五歩で居飛車がよい。よって△4三銀と引く。 |
2図 |
▲6五歩と伸ばし、居飛車の陣形は伸び伸びしている。この後は▲5六銀~▲6八角と進めていくのがいいだろう。
(2) 堅くする
1図から 飛車が4筋からずれたため4六を受ける必要はなく、5七の銀を引くことが出来る。したがってまず▲7八金と上がり松尾穴熊を目指すと3図のようになる。 結局居飛車の動きとしては▲5五歩と突く形になるようだ。手順は違うが類似形に近将カップ▲桐山アマ△杉本戦がある。それが4図。 |
3図 |
3図から ▲5六金は囲いを薄くするものの、松尾穴熊はこの金を攻めに使っても堅いところが利点ではある。好みが分かれるところ。この後振り飛車は△8四角~△7五歩と動き、玉頭の小競り合いから戦いが始まった。 |
4図 |
そもそもA1図の直前、▲3六歩と突かない順も考えられる。
▲3六歩と突かないことで得られるメリットは、4六の地点を▲2六飛として受けることが出来る点。なので5七の銀の動きが自由になり、玉を固めやすくなる。
この指し方をすると、居飛車は▲6七金型穴熊ではなく、3枚穴熊で指すことが出来る。
一例は以下。
1図 |
基本2図から 最終手の▲6八銀が、▲2六飛型で4六を受けているために可能となる手。次に▲2四歩~▲6五歩の決戦が狙いである。 |
1図から 角交換は出来るものの、▲3六歩を突かずに▲2六飛と浮いたのを咎めるように△3五角(△5七角でも)があり、すぐに2筋突破はできない。なので△7七角成を▲同金と取り、5七に利きを残す手もある。 |
2図 |
▲2六飛型にして▲6八銀と引く手は、▲7八金型穴熊を作ってから▲6八銀~▲7九銀右と引く、松尾穴熊を構築する順にも応用できる。ただ、その場合も同様の決戦策を取れば同じ筋が残る。
このように、▲2六飛型は玉を堅くすることは出来るが、そのぶん変化に欠ける。
原型は春ごろ出来ていたのだが、結局半年遅れになってしまった。しかも王将戦第4局のショックが大きかったのか、プロではその後一気に流行が終わり、今ではあまり採用されていないようである。△4五歩を突かず△3二飛なら一気に潰れないが、その後の選択肢が狭く自分からよくしづらい点が好まれないのだろうか。
他の工夫としては、序盤△4三銀と上がらず△3二銀型で待機する作戦が数局見られたが主流とはならなかったようである。端の位は大きく、アマチュア同士ならば実戦的にはそう悪くない戦法だと思うのだが。
※ '06年2月、棋王戦第2局▲森内△羽生で変形の端歩位取り穴熊が出現。羽生は『端の位取り→美濃囲い→銀冠→穴熊』と言う工夫した手順を披露し、端逆襲に備えた。しかしその分だけ手がかかり、駒組みが終わった頃には陣形も玉形も大差。森内の巧みな仕掛けにそのまま屈した。タイトル戦で羽生と森内が指し、しかも2人とも負けているので相当印象が悪く、(プロ間では)今後かなり厳しいと思われる。 (Apr.2006追記)