【昔の記事】Perfume ツアー初参戦を果たして。(2009/9/3) 

 行ってきました。
 Perfume『直角二等辺三角形TOUR』仙台サンプラザ公演。

 前々から片隅にPerfume一押しと書いているものの、あんまりPerfumeについて書いたことはなかったが、ツアー参戦と言うことでえばぁの中でも一区切りついた気がしたので、ちょっと書いてみる。

【2006年】
 えばぁがPerfumeを知ったのは、今から3年前、2006年の夏である。(*1)
 幼稚園からの腐れ縁である友人が、元々capsuleを聴いていた流れでPerfumeを知り、薦められたので『エレクトロ・ワールド』を聴いたのが始まりである。

 正直なところ、第一印象は「ヲタ狙いな感じするよねぇ」(*2) だった。
 当時は「秋葉系アイドル」にカテゴライズされていたが、なぜか気になり保存して、聴き返してしまうのだった。そして繰り返して聴くうちに、この曲の世界観がわかってきて、PVを目にして不覚にも感動し涙してしまった。(*3)
 『エレクトロ・ワールド』は、崩壊する風景を綴った詞だと解釈している。それを、いつか崩壊するアイドルが歌っているのだ。

 アイドルとはイメージで商売するものであり、自我を出したらそこで終わりである。松浦亜弥が終わったのは「自分はアーティストです」と言い始めたから面白くなくなって終わったのである。しかしそれでは商売できず、アイドル時代のモノマネをするはるな愛や前田健と絡む松浦亜弥は、今や何と中途半端なことか。
 だが、アイドルとして売れることを切に望んでいるPerfumeは『エレクトロ・ワールド』の時点で、アイドルの終わりを見据えていた。(*4)
 もっとも、見据えていたのはPerfumeではなく歌詞を書いた中田ヤスタカ(*5) であるが、要するに「おまえらファンとPerfumeの間にあるのは、"もうすぐ消えるエレクトロ・ワールド" なんだ」と。えばぁはそう解釈している。
 一応アイドルとして売り出しているのに、曲で「いつかはアイドルじゃなくなる日が来るよ」とファンへ突きつけている。言われてみれば至極当然、今まで暗黙の了解だったことを詞にしただけだが、それを踏まえておくこと、その意味でPerfumeは新しいアイドルだと、えばぁは思う。

 この曲と、当時発売された『Perfume ~Complete Best~』(*6) 収録の『パーフェクトスター・パーフェクトスタイル』の2曲は、えばぁが2006年に聴いた曲のトップ3であった。(*7)
 それから年末まで、頻繁にYoutubeを検索しては、インストアライブやCS番組『パッパッパッパッパッパッPerfume』を見る日々が続いた。またニコニコ動画では、『Perfume×アイドルマスター』と称した動画が多数アップされ、人気拡大の一因となったと言われているが、えばぁは全く見なかったので良くわからない。

 年末には配信限定で新曲『Twinkle Snow Powdery Snow』を発表、5日連続でチャート1位を獲得した。
 プロデューサー・中田ヤスタカのフジテレビ系ドラマ『LIAR GAME』音楽担当の件、先行したcapsuleのアルバム『Sugarless GiRL』の評判(*8) を考えても、「どうもPerfumeはホントに売れるんじゃないかな」と思い出したのはこの頃である。

【2007年】
 2007年2月にはシングル『ファン・サーヴィス [sweet]』を発売し、収録曲『チョコレイト・ディスコ』のPVが木村カエラの目に留まりラジオで猛プッシュ。
 これをCMディレクターが聞きつけて(*9) ACのCMが決まり、ここで「どんな曲が出てこようが、もう売れる選択肢しか残っていない」とさえ思った。

 そのCMソングである『ポリリズム』も、翌年1月の『Baby cruising Love』(*10) も、正直食い込んできた作品ではない。しかし結果はついてくる。もうブレイクへの道は開けていたからだ。

 この時期、ニコニコ動画で、『ポリリズム』のc/wである『SEVENTH HEAVEN』に、ファンが動画をつけて公開した。
 3人の練習風景、PV、インストアライブ、出演番組、合宿所カメラ(*11) などの画を切り貼りして作られたその動画は、ファン歴1年弱のえばぁでさえ感動させられた。もっと前から知っていた方々には尚更のことだったと思う。後に『SEVENTH HEAVEN』のPVを作る企画があったが、えばぁにとって、この動画を超えるものはない。(*12)

【2008年】
 2008年5月、ついに初のオリジナルアルバム『GAME』の発売に漕ぎ着けた。どんなアルバムであろうが、シングルの7位→3位の実績からして上位に食い込んでくることは確実であった。
 結果はPerfume初のオリコン1位であり、ロングセールスを続け累積では50万枚を突破した。7月には『love the world』でシングルチャート1位を獲得。11月に念願の武道館公演、そして大晦日に紅白出場。やることやったって感じである。

【2009年】
 2009年はシングル『ワンルーム・ディスコ』でスタート、7月にアルバム『⊿(トライアングル)』を発売し、再度オリコン1位を獲得。Perfume人気も極まった感じがある。

【今後】
 さてここまで書いてきて、売れてからの分量が少ないことがわかる。
 現在のところ、えばぁの中では『エレクトロ・ワールド』『パーフェクトスター・パーフェクトスタイル』がピークである。『ポリリズム』以降から今までは、テレビに出て、歌を歌い(*13) 、大勢の客の前でライブをする、念願のアイドルとして売れていく姿を見て「うんうん、よかったねぇ」と思う、親みたいな感情の方が強い。こうなるために地道な活動を続けてきたのだろうから。
 曲があまりぴんと来ない(*14) ものが多いが、これは別にPerfumeが悪いわけじゃないので何とも言えない。この件に関しては好みと中田ヤスタカの問題である。

 こう言っては何だが、既に拡大の時期は終わり、これからどう縮小していくかと言う流れに入っていると見ている。(*15)
 『エレクトロ・ワールド』を聴いてハマった人間として思うのは、「いつか解散するその時までちゃんと見届けなさい」と言うことなのかと思っている。最後の曲はもちろん『エレクトロ・ワールド』である。まぁとりあえず、Perfumeよりは長生きしないといけない。

*1 メッセンジャーのログを見直してみると、件の友人に「ハマりだした」とカミングアウトしたのは2006年9月22日、のっちの誕生日の2日後。会話中「ファンサイトの掲示板はどこを見てものっちおめでとうと書いてある」と発言している。
*2 そのヲタ臭が気になって、当初、えばぁは「今のままでは売れない」と発言していた。
*3 この時から、年を取ると涙もろくなるのは本当だと思うようになった。
*4 中田ヤスタカの詞は、ブレイクを意識し始めた頃から、普通の女の子路線の詞に変わった。また、インディーズ時代の詞は「木の子」と言う、かつて中田ヤスタカとユニットを組んでいた女性が書いていた。「こんなん、売れることを夢見て上京してきたアイドルに歌わせるかね」と言うくらい後ろ向きな視点で、「それでも前に進もうね」と言う独特な雰囲気の詞である。
*5 新進気鋭のアーティストとしてその筋では知られた名前であったようだが、えばぁはこのとき初めて知った。なんでPerfumeのプロデュースを請け負ったのかはよくわからない。
*6 アイドル評論家であるライムスター宇多丸曰く、通常このようなベストは解散前のお情けみたいなものであると言う。つまり、売れなかったら見切りを付けなさいよということ。この時点でPerfumeは結成6年目、上京して4年目であった。
*7 もう1曲はTRF『Life signs again』。
*8 収録曲の『Starry Sky』がよかった。これも件の友人に薦められた。当時のログを見直すと、友人はベタ褒めしていた。
*9 この件を含め、業界内人気の高いことがPerfumeの特長とされる。
*10 この曲に関しては、アルバム前の「送りバント」的な作品としての評価は高くしている。
*11 今となってはありえないが、Perfumeがアミューズの合宿所に住んでいた頃、そういうのがあった。『ファン・サーヴィス[bitter]』で見られる。
*12 「私たちのPerfumeさようなら」と言うことで、一段落したここで追っかけるの終了、と言う選択肢もなくはなかった。実際抜けた人も多いのではないかと思っている。
*13 口パクとか言うのは禁止(笑)
*14 『GAME』では「Puppy love」、『⊿(トライアングル)』では「The best thing」が好き。他は、えばぁの琴線に触れないだけですからね。
*15 PerfumeのCDが売れ出して2年、もしこれから20万~30万枚売るような爆発的ヒットする曲を出してきたなら、中田ヤスタカはとんでもないポテンシャルの持ち主だと思う。

【2025追記】
 訳あって注釈は若干修正したものの、本文はほぼ書いた当時のままだ。
 最後のほうで「これから縮小の流れ」と予想しているが、現実は大きく裏切ってきた。縮小していないとは言わないが、『FLASH』や『TOKYO GIRL』などスマッシュヒットと言える曲もあり、かなり維持してきたと思う。中田ヤスタカはPerfume以外にもプロデュースの幅を広げ、めったに表にこそ出てこないものの、押しも押されぬ有名音楽プロデューサーである。見る目のなさが明らかになった。


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